私の「人生最大のピンチ」 母が認知症に! それもレビー小体型認知症

今週のお題「人生最大のピンチ」

 

なんといっても、私の人生最大のピンチは母が認知症になったこと。

 

あるときから、母が「財布が無くなった」「泥棒が入った」と、何度も電話をしてくるようになり、亡くなった父が帰ってこないと親戚に電話することもあった。

母の対応で困ることが多くなったので、ケアマネージャーに相談したら、「一度、認知症の診断を受けてみたら?」ということだった。

なんとか、母を説得し、精神科で診断してもらったら、何と認知症! それも聞いた事がない「レビー小体型認知症」とのこと。

 

さあ、それからが大変、急遽、自宅から服などの必要なものを持って、母が住んでいる実家に移動(幸い、1年前に郷里に戻っていたから幸いだった)。

 

その日から、認知症の介護がスタート。一応、母は、ご飯+味噌汁の、簡単な料理はできたので助かったが、洗濯するにも、レンジを使うにも、操作が分からなくなることがあり、私の家事全般のサポートがスタート。

 

レビー小体型認知症と聞いた事もない認知症の介護に加え、それまでやったことのない家事までやるので、1日中バタバタ。ご飯と味噌汁は母に任せ、食事のおかずは、とりあえず、冷凍品で済ませた(後では母と一緒に手作りのおかずに)。

 

その上、レビー小体型認知症の特徴として、気分の変化が激しく、急に落ち込むことがあり、また、「さっき子どもが来たよ」という妄想も時々でることがあった。

 

それまで認知症ことを多少知っていると考えていたが、全く役にたたない。ネットは信用がおけないので、ひとまずは、レビー小体型認知症の権威ある先生の本を何冊か読んだ(レビー小体型認知症は日本の先生の発見)。

 

認知症の介護をして分かったこと

 

①85歳以上になったら二人に一人は認知症になる時代。認知症にならないようにすることも大事だが、もっと大事なのは認知症になってから困らないように事前準備が大切。

  生きる楽しみを持っていること(母は認知症でも花の手入れはできた)

  認知症を怖がらないこと(認知症でも生活はできる)

②男も家事力が必要。介護をするにしても、一人で生活するようになっても、料理、洗濯、掃除、買物などの家事は必要。

③共倒れにならないことが大事。介護が辛くなり、無理がきかなくなったら、危険信号。介護する方が倒れたら介護される方もダメになり、共倒れに。

④共倒れになりそうになったら、施設(グループホーム)への入所を考える。施設はなかなか空きがないので、事前に数カ所予約しておく。

⑤認知症の介護はとても大変。けっして一人で頑張らないこと。家族やケアマネージャーなどの力を借りること。

⑥認知症の介護は辛いことばかりでない。私は、認知症の母の介護で、料理作りや花作りの楽しみを持つことができた。

 

認知症の介護、本当に「人生最大のピンチ」でした。母の暴言を何時間も黙って聞くことの辛さ、時には母を大声で叱って後で後悔することも何度も。

母と何度かケンカするようになったことで、「あー、これは共倒れになる」と思い、急遽、施設(グループホーム)に入所させました。もう限界でした。

今、母はグループホームで、施設の皆さんと楽しく生活しています。

 

認知症介護という大きな試練の中でも、毎日、簡単な日記を書き続けました。お陰で、少しは介護の見直しができ、また、自分の精神的な成長にもなりました。

 

認知症介護は決して楽ではありません。でも、得られたこともたくさんありました。

多分、認知症介護がなければ、料理も家事も、いまだに出来なかったと思います。また、自分を深く見つめ直すことも無かったと思います。

 

「人生最大のピンチ」だからこそ、我慢して辛抱すれば、得ることも多い。それを認知症介護で教えられました。